2022年11月初旬、いつかは行きたいと思っていた黒部ダムをついに訪れることができた。黒部ダムは堤高が186mと国内で最も高いダムであり、通称「くろよん」と呼ばれプロジェクトXや映画「黒部の太陽」などに取り上げられた舞台である。そこで紹介されているのは長野県側からのアクセス路である大町トンネルの80mにおよぶ破砕帯から流出する水との闘いや、堤体建設に必要な資機材を富山側の立山を超えてアクセスする命を懸けた運搬、過酷な現場や建設工事が完成するまでの人間模様についての感動秘話である。私は和光技研にお世話になる前職でダム工事に従事していたため、いつかこの地を訪れ、当時のダム屋スピリットを肌で感じたいと常々思っていた。その夢をようやく叶えることができた。今回は長野側の扇沢駅から立山アルペンルートを通ってみることにした。
黒部ダムについての詳細な概要は各所ホームページで掲載されているので、ここでは割愛するが、戦後、日本の急速な経済復興に伴い、停電が頻発するなど関西の深刻な電力不足を補うために建設され、当時は大阪府の電力需要の50%(25万kW)を賄っていたというから驚きである。建設工事は約7年の歳月におよび、延べ1千万人の人手、171名の尊い犠牲により完成した。
現地を訪れて、まずはその全体的な景観の素晴らしさに感動した。青天の中に、ダムの放水ゲートから噴出する流水のダイナミズムとそれに掛かる淡い虹、ダム上流の静穏なエメラルドグリーンのダム湖、その背後には北アルプスの急峻な山岳地系と紅葉する木々の森を一望することができるのだ。さらにダムは平面的な曲線に加え縦断的な曲線構造を併せ持つダムドーム型アーチダム構造の設計となっており、大規模構造物でありながら柔らかな印象がとても自然になじんでいる。昭和38年に竣工した構造物だが現在をもってしてもその絶妙さには技術屋の心をくすぐられる。現在では黒部ダムに訪れる観光客が年間100万人というのもうなずける数字だ。
次に現地に足を踏み入れて感じたのは自然の厳しさだ。その厳しい自然条件を目の当たりにすると、現地までのアクセスや建設場所の地形や仮設ヤードの確保等、多くの困難があっただろうことは想像に難くない。建設はやめたほうが良いと躊躇するのも必然だと思った。にもかかわらずこのプロジェクトを成功させた原動力は、日本の戦後復興という大命題に対する施主や施行者ら、そしてリーダーの「やり遂げる!」という情熱や責任感、牽引力、そしてそれについていった技術者らの使命感だと感じた。
プロジェクトXの中で紹介されていた言葉に、「やれる、やれないではない。やるしかない」という不退転の決意が語られたように記憶している。今回現地を訪れて、そういった強い意志を持った人だけが成功への道を歩いていけるのだろうと改めて思うことができた。現代ではこのような雰囲気はパワハラや〇〇ハラと言われ兼ねず、できないことも多くなってきているが、さまざまな可能性を信じることだけは忘れないようにしていきたいと思う。この前人未踏のダム建設に携わった人たちの不断の努力によって現在の日本の豊かさがあるのだから。
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